ポリオサバイバーとして ロータリアンとして

寄稿者:小林 操(国際ロータリー第2770地区ガバナー、2019-20年度)

給食トリミング

おいしそうに給食を食べる小林少年

ポリオに罹患して
ロータリー生活の中、自分自身がポリオ(小児まひ)サバイバーであり、いつかは自分の思いを行動に移せれば、と思ってきた私にとって、地区のリーダーになって、いよいよその機会をいただけたことは本当にありがたいことです。

ロータリーは、世界ポリオ根絶推進活動(GPEIを中心に、三〇余年にわたってポリオ根絶活動を行ってきました。その実績は、世界で数十万件だった野生株の症例数が今では2桁に減り、しかもポリオ常在国が世界で2カ国になるところまできたことに示されています。長引く根絶活動から、ロータリアンの中には「根絶は無理」「他にプログラムがある」といった意見もありましたが、世界への約束は必ず守る、という信念の下、私たちは粘り強く活動を続けています。

ポリオは、今では紛争地域に残る感染症という感覚ですが、ワクチン投与が広まる以前は、日本でも多くの人が感染していました。まず安価な経口ワクチンを広めることによって野生株ウイルスを根絶し、不活化ワクチンに移行するのが世界の流れです。日本では既に不活化ワクチンによる予防が行われています。

私が罹患した1955(昭和30)年当時、実家は東京都世田谷でしたが、まだ井戸水を飲んでいました。後から考えると、井戸水から感染したのは確かなようです。家の周りでは既に水道が普及していましたが、井戸水で不自由がなかったのが、ポリオ感染の原因となってしまったのです。

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まひを抱えながらも卓球に励む

ポリオに罹患すると、普通の夏風邪のような症状の後、突然、しびれや痛みが発生し、手足にまひを残すのが特徴です。当時、同じ病院には鉄の肺(人工呼吸装置)も置かれていて、亡くなった方もいたようです。

今日のようにポリオの症状が認知されていなかった当時、また現在においても、紛争地域などで子どもがポリオに罹患した親の嘆き、不安、失望は想像に絶するものがあります。私の母も同じ思いだったようです。

子を罹患させてしまった母の苦しみ
以下は、母が残した手記(小林絹子著『強く明るく生きよ ―― わが子に寄せる愛の手記 ――』)からの抜粋です。

7月21日、前日よりやや回復したようなので、操にとって初めての終業式を欠席したため、近所にある受持のE先生のお宅に共にあいさつに行きました。

子どもたちが待ちかねた夏休みに入り、毎日ギラギラ照る日ざし、連日のように30度を超す暑さに、早く海へ連れてってとせびりだします。一時の心配もやっと薄らぎ、初めて暑さに気がついた22日の夕方、庭でセミ取りをしていた操が「おかあちゃん、ここがチリチリするんだよ」といいながら、差し出す左手の甲を見てもなんの変わりもないので「なんでもないわよ」と大して気に留めなかったうかつさ。

翌朝またまた9度6分と発熱。夕方水を求めるのでコップを持たせようとすると、左手が動かないという。おもわず主人と顔を見合わせても、まさか恐ろしい「小児マヒ」とは夢にも考えません。医師も口に出してはいわず、日ごろ医学の本を見ては参考にしていた私も、後になってその本を見てなんとその経過の似ていることか。どうして早く気がつかなかったのかと医師をうらみ、自分を責め、すべてをうらんでとりみだしました。マヒのくる前に、吐き気があり、鼻血を何回となく出し、下痢もし、そしてマヒがきてからは左肩関節が痛いといって夜中泣き続けたのに、ただおろおろとしてさするだけしか私にはできませんでした。

医師から「小児マヒだったらあきらめてください」と無情にも宣告された時の驚き。暑さのためばかりでなく、なんとなくだるかった私の体が、カーッとのぼせて思わず冷たい医師の顔をにらみ、大声で叫びたくなっているのに口がきけず、胸ばかり苦しくなって倒れてしまいました。なんと弱い母だったのでしょう。それから3日も痛がる操の腕をさすりさすり一緒に熱を出して寝てしまったのでした。

根絶への思いを、ロータリー活動に
私自身と母の経験を踏まえ、根絶に向ける思いを具体的にロータリー活動で表すため、2770地区では、全74クラブが10月24日の世界ポリオデーでイベントを開催し、世界と地域社会にポリオ根絶をアピールします。このインパクトはSNS(会員制交流サイト)、メディアを通じ拡散できることは確かです。地域社会の皆さんがポリオを理解し、根絶が実現すれば、天然痘以来2例目の感染症の根絶となります。

皆さんにもう一度ポリオについて考え、理解して、最後の最後、根絶を達成する意義について考えていただきたいと思います。

人類が一歩一歩困難を乗り越え、将来、あらゆる感染症に打ち勝つ時が来ることを、心から願っています。

2770小林夫妻a小林操氏プロフィール
職業:税理士
1948年11月5日生まれ
小林操税理士事務所所長
88年に越谷北ロータリークラブ入会
小学生だった1955年、ポリオに罹患

 

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ポリオサバイバーとして ロータリアンとして」への2件のフィードバック

  1. 小林ガバナー、
    ご無沙汰しております。2570地区の茂木聡です。
    記事を拝読させて頂きました。根絶にむけしっかりと活動しなくてはと、改めて思います。

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  2. ポリオ根絶まであと少し。小林操ガバナーのお母上のお話を読んで胸が熱くなりました。
    ポリオ根絶には世界が一致して力を尽くさねばなりませんが、一歩先を考えて見ると、ポリオが根絶されてもポリオを罹患した患者さんは無くならないと言うことです。
    子どもの頃に受けた病は一生背負ってゆかなければならない症状を考えると、根絶のあとにも光を当てられないものかと思いを寄せています。

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