~サンフランシスコでの熱き議論から見える平和への切望
世界平和を推進する国際機関の代表ともいえる国連ですが、その創設にロータリーがかかわっていることをご存知でしょうか?その経緯はこちらの記事から詳しくお読みいただけますが、今回は『The Rotarian』誌(1945年7月号)に掲載された「Report from San Francisco」(サンフランシスコからの報告)という記事をご紹介します。この記事は、同誌編集者リーランド・ケースが書いたサンフランシスコ会議(*下記注)の報告記事に対し、ロータリー代表として同会議に出席した数人のロータリアンがコメントを寄せるという興味深い形式をとっています。
この記事から、サンフランシスコ会議で平和に関する熱い議論が交わされ、「どうすれば平和を持続できるか?」という問いに各国の出席者が真剣に向き合っていた様子がうかがえます。
記事の冒頭で、ケースは次のように述べています。「未だかつて、勝利を目前とした連合国が、終戦を前に、領土の分割や補償金の徴収のためではなく、平和を維持する機構を計画するために会合を開いたことはない」
この部分について、サンフランシスコ会議にロータリアン代表として出席したチェコスロバキア元外務大臣のヤン・マサリクは、次のようにコメントしています。
「サンフランシスコ会議は、この戦争による犠牲と苦しみを無駄にしない世界をつくるために招集された。(中略)生き延びた私たちには、ほぼ過重と言えるほどの責任があるのだ」

『The Rotarian』誌1945年7月号に掲載された「Report from San Francisco」という記事の最初のページ。編集者ケースが書いた中段の記事に対し、サンフランシスコ会議に出席した4名のロータリアンがコメントを寄せる形式となっています。
また、ケースが「自分たちの望む憲章を起草するために、各参加者がサンフランシスコで激論を闘わせてることは事実だが、希望は大きい」と記した部分に対し、サンフランシスコ会議に出席したもう一人のロータリアン、カルロス P. ロムロ(フィリピン)は、こうコメントしています(ロムロは後に国連総会議長も務めています)。
「意見の食い違いは、もちろんある。しかし、これらは調停可能だ。なぜなら、この会議の精神は、末永い平和を可能とする憲章をつくり上げたいという切望なのだから」
もう一人のロータリアン代表で、元パナマ大統領であるリカルド J. アルファロは、ケースが使った「Peace Loving nations」(平和を愛する国家)という言葉に対し、次のコメントを寄せています。
「‟平和を愛する“という言葉は、論理的な根拠があって憲章から削除された。平和とは客観的なものであって、主観的なものではない。平和が存在するか、かく乱されるかは、感情ではなく、行動によって決まるのだ」
またアルファロは、目標とすべきは「正義の上に築かれた平和」であり、そうでなければ「おしつけの平和になり、長続きしない」と警告しています。新たに設立される国際機関(国連)が「個人の幸せに目を向けてはじめて、個人の自由と責任に対する人びとの支持が得られる」と述べ、草の根レベルでの理解の重要性を唱えている点は、ロータリアンらしいと言えます。
サンフランシスコ会議で起草された国連憲章は、人類の平和への希求の結晶ともいえるでしょう。記事の最後のページで、ヤン・マサリクはこう述べています。
「ここサンフランシスコでは多くの観点から意見が述べられたが、国際連合は一つの点で全員が一致していた。それは、平和への意志であり、言葉に絶するほど悲惨な昨日の後により良い明日を築こうという意志である」
*サンフランシスコ会議:正式名称は「国際機関に関する連合国会議」。1945年、50カ国の代表がサンフランシスコに集まり、「戦争の惨害」を終わらせるとの強い決意のもとに国連憲章を起草。1945年6月26日に署名された。(出典:国際連合広報センター)
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2月はロータリーの「平和と紛争予防/紛争解決月間」です。平和の推進をめざすロータリーのさまざまな取り組みをご覧ください。
ロータリー平和フェローシップ
国連でのロータリーデー
ロータリーの活動分野:平和の推進
(執筆担当:時山)
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